好きだったはずの日本語教師を辞めた
はじめまして。ハルです。
何か始める時って、ワクワクドキドキするのに、
辞める時はなんかこれでよかったのかなって気持ちになる。
今のこの正直な気持ちをどこかに吐き出したくて書き始めた。
大学の入学オリエンテーションの時、
「あの人は先生ですか?」
「あの人が先生ですか?」
この違いを説明できるのが日本語教師です、とみせられた。
うわあ〜、日本語教師になれたらカッコイイかも〜。履修しよ。
これが日本語教師になる第一歩だった。
学生時代は、ボランティアや日本語パートナーズというプログラムを通して
日本語教育に関わってきた。
そして、日本語教師として働き出したのは約1年前。
一企業のオンライン型日本語教師としてデビューした。
どうしても受かりたくて、面接日は一番遅い日程にしてもらい、準備に準備を重ねた。
採用が決まった時は、ひとりでガッツポーズをし、ニヤニヤが止まらなかった。
あれから約1年が経った。
よっしゃ!!今日は上手くいったな〜!!100点満点や!!
ああ、全然伝わってない、、違いが説明できない、、準備不足だ、、うぅぅ、、
こんな日々の繰り返しだった。
辞めると決めたのは、何が決め手だったのだろう。
上手くいかないことだけじゃなかったし、日々日本語を学べることは好きだったし、
学習者も真面目で教えがいがあった。
ああ、自分ダメだな、成長してない。
そう思い始めたのは、この仕事をこなすようになってきた頃だった。
授業準備時間はどんどん短くなって、授業評価も一定を保てるようになってきていた。
一般的にみれば、仕事に慣れてきたとも取れなくはない。
新しい教え方やJLPT対策をするとか、学習者を思えばもっとやれることがあるのに、
時給が発生しない準備時間はなるべく減らそうと働く自分を俯瞰したら、
こんな先生に教わる生徒は可哀想だ、もっとやる気のある先生に教わるのが彼らのためだ。
そう思ったのが、辞めようと思った一番の要因だったと思う。
こんな先生でも、最後の授業の日には「先生には感謝しています、今までありがとう!」
そう言われた時、どこか救われたような気持ちになった。
あわよくば、またやろうかなと思ってしまう自分もいた。
が、今日はこんなもんでいいだろう、と自分を甘やかしていた自分がいた事実は消せない。
そんな自分もすごく嫌だった。
向上心なく、惰性で何かやるのは許せなかった。